個人ブログを書くモチベーション。

これについては何度も何度もふりかえっている。自分自身のブログ運用でのモチベーションも悩んでいるし、「お仲間ブロガー」の方のグチや相談でもいつも出てくる。

ドメインを取ってサイトを置いてもそうそう思ったほど書けないもの。

ブログ立ち上げの際の技術的なことは、コンテンツに関係ないめんどくさいものであり、やってるだけでモチベーションが消耗させられる。設定いじりが好きな自分でも書く時間が奪われていると感じる。

だからお仲間ブロガーにも、ドメイン取得や管理システムのWordPress をおすすめしたりアドバイスしたりもしてきたし、モバイルやPC選びなどテキスト入力やブログ投稿の効率化とかにもこだわったり、試行錯誤もしてきたつもりなのだ。

また「スキルよりもコンテンツの中身が書くためのエンジンだ」とばかりに、ネタを仕入れるため読書とかを増やしてみたり。「文章を書くとは?」の類の本もいくつも読んだ。

そしてネタを仕入れたならば、書き留めるためのメモ、ノートに資料収集づくりといった「紙仕事」も欠かせないとばかりにいそしんだ。

こうして「書く前の準備がだな!」「ネタをしっかり仕込んでダナ!」なんてやってきたのだ。

しかしながら、これを1年ほどやってみてもこれといった「書けるようになる」決定打がない。自分にもお仲間にもブログをサクサク書けるようになるにためはこれだよ、とハッキリいえるものが、未だない。

あいかわらず「なかなか書けないんだよね」「そうだよね」なんてやってる。

これはいったいどういうことなんだろうか?ブログを書くとかネットで配信するとかって、もっと気楽なもののはずではないのだろうか。

そう、気楽にサクサクと書いていつの間にかよく読まれている、そんな夢のある楽しい運営をしようと思ってとりかかったはずなのに。

「なにか」がハードルを高くしている。

「書いてる人のそのままを出すと嫌がられるのではないか?」とか。

意気込みすぎて文章力や中身の格調高さをアピールしたいとか?

誰が見ているのかわからないネットに書くのはこわい、とか。

(炎上なんてしませんから!読まれてないから!)

とかく「文章でなにか成果を出そう」とか、「書くことを仕事のひとつにしよう」とかが意外によくないのかもしれない。そうすることで文章を書くことがプレッシャーになっているのではないか。

これは意外であり思わなかったことだ。もっと気楽にサクサクやっていくつもりだったのにこれはどういうことなのだ?

「自分ブログ」や「実名ブログ」で自分の経験を書きたい、ていうときほどハードルが高くなっているのかも知れない。

苦労して得たこと、自分の学んだこと。

書いてみて人に伝われ、と思うのだろう。

しかしまてよ。

自分は自分、文は文、ブログはブログということもあるのではないか。世の中のほとんどのことがらはそのように成り立っているような気もするぞ。

自分に、経験に、成果に、コンテンツにこだわりすぎていないか?

脳内コンテンツがあまりに「立派」すぎ、書き出してみるとなんだこれは?たったこれほどのことしか考えていないのか自分はそんなはずはない。この文章は自分ではない、こんなものをネットに流せない、となっていないか?

それって注意を向けるべきことが間違っている。

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さて、なんの話だったか?

ブログを書いていくモチベーションについて、ブログを実際に書き始めて、もっと書き続けることについて、である。

要するに書いてみないことにはわからないのである。書いてみないとわからないために、勇気がいる。その勇気を振り絞るのに体力と時間が必要になっている。

そろそろおぼろげに想定している答えを言ってみる。書いてみるとおそろしく簡単なことだ。なにをグダグダとやってきたのかお笑いものである。

「書くことは書くことによってしか上達しないし続けられない」

のである。

スマホが書いてくれるわけではないしパソコンが書いてくれるわけでもない。WordPress でもポメラでもない。

書くことは書いてみることによってのみできるようになる。にもかかわらず「書けるようになるには(書く以外の)なにが必要なのか」という問いをし続けてきたのだから、うまくいくはずがない。

「こだわり」や「思いこみ」「勇気のなさ」を捨てて、ただただ「書いてみる、書き続ける」ことに専念してみるのはどうだろうか?

書いてみて、また次を書く。なにか作品をまとめるわけでもなく、書きためていきながら、時々読みやすく整理すればよいはずだ、ブログなのだから。