年末年初から「手書きノート」に取り組んでいるのは、記銘力を鍛えるつもりでやっています。「記銘力」を辞書で引きますと「記憶の第一段階で、新たに経験した内容を覚え込み、定着させること」(明鏡国語辞典)とあります。

短期記憶とほぼほぼ同じでしょう。人の名前を覚える、電話番号を聞いてメモする、レシートの金額を見て入力するなど(笑)で、記銘力が働いていますし、文章を書くとき頭の中に浮かんでいることを言葉でつかまえるのも記銘力です。

ところが、その大事な大事な記銘力が(ほぼほぼ年齢によるものでしょうが)衰えているなと実感してるんです。

先日もこう書いていました。

http://ogasawara.me/2815/

メモの際に、以前まで書けていた漢字が出てこずにカタカナで書いてしまうとか、ブログ記事を作ろうと思っても思考が繋がっていかなくて文章にならない、文章にするのがすごく億劫、と感じるようになっていました。

40代以降の方そう思われませんか?
例えば、人の名前が覚えられない、覚えたつもりなのに出てこない。これ典型ですよね。携帯電話の番号を口頭で伝えるとき、3ケタ・4ケタ・4ケタと区切りますが、1ケタずつでないと覚えられずメモもとれないとなると、かなり記銘力が弱くなっていると(笑)。

ブログその他の文章が書きづらいのも、さくさくと的確な言葉が出てこないからだし、言葉が出てこないというのは、ものを深く考えられてないわけで、けっこう深刻(涙)。逆にいうと、ものを考えて文章を書くっていう「もの書き」は、記銘力を鍛えてやるともっと進むようになるわけですよ。きっとそのはず。

記銘力が衰えるのは年齢的な宿命でいわゆる「年をとってもの覚えが悪くなる」というやつ。ただ、その年齢とその人なりに記銘力を鍛えて維持したり強くすることはできるわけですから、全く仕方がないわけではありません。

体調わるいとき特にメンタル面に出ていると記銘力は衰えます。うつの症状で「新聞が読めない、読もうとしても頭に入ってこない」というあれとか。そうなると体調や健康状態でも変わるとなると運動や栄養面でのアプローチも間接的に効くはず。それは常にやっているから(笑)、直接、覚えておく力を鍛えていけば良い。

また、年齢や体調による衰えの他に、あまりにも普段から手書きをしてないこと。スマートフォンとパソコンですよ。膨大な情報の海に、同じ小さなディスプレイの中で溺れて、寝転がってフリックですから。そりゃ、ものを覚えようって姿勢(そのまま身体的所作としての)ではありませんから。

こっやって記銘力が衰えて来たわけで、手書きのノートを心がけて続けることで、きっと記銘力は上がっていくはずなんです。少なくともやらないよりは。寝転がってスマホをフリックよりは絶対に。

だから最近はメモやログをとりまくっているし、メモやログを取る時に起こる「えっと何だっけ?」にあえて向かって行っている。

どこでも書けるようにして、ツールにしばられないように何にでも書いて良いとして、いろんなサイズのメモ帳やリーフを持つようにした。イメージが頭から消えていく前に言葉に変換し、ノートに書き留める。自分の頭との競争ですわ。

お気に入りのペンはたくさんかっておいて常に持ち歩く。「あ、このボールペン書けない」とか「書き味が気に入らない」って感じた途端に忘れるから。

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想起が消えないように意識を集中することも大事。電話がかかってきたり、話しかけられる、スマホの通知でも忘れるので、記銘力チャレンジ中のスルー力もつける。

新聞のコラム欄を手書きで視写するのも、1年ほど前に2週間ほど集中して毎日、やってみた。内容がわかりやすく共感できると一度に記銘できる文章の長さが長くなり、難しい読みにくいと感じたり書き手の意見に同意できないと、一度に短期メモリに貯蔵できる文字数が落ち、とたんに視写が困難に感じました。

どうやら単純作業に見える写し書きでも内容への強い想起が起こるかどうかによって、短期メモリ=記銘力の働きが強くなったり弱くなったりするわけですよね。共感できる、対象にモチベーションが沸くというのは記銘力=短期メモリを増やす上でも大事ですね。

そもそも人間は「ことば」がないと考えられないわけです。このことはホッブズという啓蒙思想家がすごく拘って書いていて、社会契約論とか三権分立で有名ですが、著作を読んでみると人の認識や言葉(名辞)についてコテコテに深く考えた人です。この人の説く唯物論は自分にはとってもわかりやすいのもあり、実際にもの覚えもよくなる感じがするので、骨は折れますが精読しています。

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手書きを徹底してやってみるとわかるのは、頭のなかの想起を文字に変換するのに手を動かす時間がかかること。手を動かしている間、頭のなかの想起に意識を集中して、想起とことば=文字を何度も反すうすることになります。

ものごとを脳内の短期記憶に止めおこうとする時間が、手を動かすことで長くなりそれが記憶の強化につながる。これはわかりやすい道理だし、文字という複雑な形象を描くことでフリックよりも動作が多様になることもきっと人間を喜ばせる。やっぱフリック入力で情報蒐集しててイライラするのはそれなんだわ(笑)。

これが意識の集中と反すうをうながす「手書き」の効用で、思考のスピードを手の動くスピードにとどめてしまうことで集中力を増すのだと思われます。こうして記銘力を鍛えるのに手書きがよいという結論に至るのです。なんどもリピートしたけど。

ひと昔前に「老人力」というベストセラー本もあったくらいなので、もしかしたら「忘れる」「思い出さない」ことは歳を重ねるのに必要で、よいことなのかもしれません。がしかし、年齢なりに鍛えれば、書きたいことを忘れない、思い出す、文章力がつくとなれば、やるっきゃないってこと。

手塚治虫さんは「マンガの描き方」で、目の前にいる人、あるものをじっと集中して見て覚えて、それを空で絵に描く訓練は絶対したほうがいい、と言ってます。

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これってマンガが描けるってことに限らず、構想力や空想力にもつながっているんじゃないかと。手塚治虫さんが言うのだからきっとそうだと思わざるを得ません。

2月も中旬ですが、年初から初めて1日分の記録(ログ)を5年日記に毎日書くくらいは楽チンでできるようになって来ましたよ。