たしか2015年末あたりにデスクを「スタンディング仕様」にしました。立ったままデスクワークできる高さにしたのです。それから1年以上が経過しても続けていますし、今後も座りデスクに戻すことなく続けていけそうです。ちょうどわたしと同じ1年継続の方の投稿もみかけたこともあり、現時点のスタンディングデスクの感想をレポートしておこうと思います。

さて、わたしは2009年まで事務仕事の勤めをしていました。退職する際に体調を崩してしまいまして、勤め中の社会保険・雇用保険で生計を補っていける期間、休養しようと、2年弱一切の仕事を休むことにしました。これまで自分が身を置いたことのなかった(?)「反対側から」自分の生活をみているような時間を得ることができたのでした。

また、2011年より自営でえっちらおっちら仕事を始めたときには、勤めの頃とは毎日の時間とお金の流れが180度異なっているものですから、なにかにつけて「ああ、すべて基礎から見直しなのだな」と思うことしきりでした。

そんなわけで、これまで当たり前として過ごしていたルーティンまでを、すべて疑ってかかってみるクセがついていくこととなったように思います。

例えば、右手マウスをやめて左手トラックパッドにしました。ポインタ操作をしながら右手が空くのでメモがとれます。体調不良を克服したと思ったら食欲が暴発気味となり人生マックスに近づいたので、炭水化物大好き人間を捨てて糖質制限食にして最大20キロの減量。

ぎっくり腰のリハビリ期間に四股を河川敷で踏んでいたときに、「裸足感覚」を謳うナイキフリーでバランスがとれないことに「これは根本的におかしい!」と気づいてシューズは薄いソールのものにしました。屋内でも極力裸足ですごすようになると身体の使い方まで変わっていきました。

パソコン入力は20年以上使ってきたローマ字入力をやめて、親指シフト入力にしました。例えばの「た」を入力するのに t と a を2回を押すのと「た」を1回押す小さな労力の差が、今後何年も何十年で膨大な時間の差として積み上がることに気づいたからです。

筋トレやランニングで「(習慣にしたいので、そのために)ノルマを決めないで思いつく都度のチャレンジとする」というルールにしました。疲労しているしていないにかかわらずチャレンジこそがエクササイズの動かない本質だとわかったからです。

その他思考のクセや、「信念」とも呼べるほど固く思い込んでいることでも、それにより自分の動きが悪くなったり無駄に気分を落としているのなら「手放したってかまわない」と言い聞かせたり、よくするようになりました。

はい。なかなかスタンディング・デスクの話になりませんが、書こうとしたらそんな流れを思い出すからです(笑)。

わたしが毎日のルーティンを見直せる前提に、仕事をする時間や場所も選べるし、机やパソコン・事務用品まですべて自分で考えて決められる(決めねばならない)、人に気兼ねもしなくてよい、という条件があるからではあります。

他方で「こういう基本的な動きのところで効率性・生産性をつくり出さないとヤバイノダ!」という切迫感も強かったのです。

話はようやっと戻りまして「スタンディング・デスク」と言っても普通のニトリの事務机でやっています。一番高い高さに脚をセット。自動で昇降するものではありませんから、ボルトとナットを高さは購入時に戻ってほぼほぼ組み立て直すくらいの作業から始めました。

一番高くしても若干高さが足りないのでホームセンターでレンガを買ってきて、足にかませて高さを出しました(なんというありあわせな)。

これで高さが市役所や県庁、合同庁舎内で立ったまま応対する仕様のカウンターと同じ高さに。自分の身体でおへその若干下あたりにデスクトップが来ます。パソコン仕事はアームにセットしたディスプレイで行ってます。

人に話すと「立ったままだと疲れるでしょ」とよく言われます(これをお読みになってもそう思われることでしょう)。

でも実際に、腰や肩、背中、眼はどんどん調子よくなってます。疲れるといえば疲れますが、それはエネルギーの十分な消耗感であって、むしろ立っている分ストレッチや体操など身体をほぐす動きに入りやすい。ノルマを決めずにはっと気がついたときにダンベルをもって追い込む「筋トレ」も、スタンディングデスクにしたからこそ習慣にできたものです。

座りっぱなしのデスクワークだと、立ち上がるたびに節々が「アイタタタタ」となりますが、それは身体のあちこちに、いちいち滞りを作っているからだといえます。立つのがおっくうなのって、座っているからこそ起こる。これが立ち続けてみての実感なのです。

座っている方がトータルで身体に悪いのは間違いない。なるべく立っているべきだし、立っている方が仕事が片付く。

デスクワークと言ってもずっとパソコンで書き物をしているのではありません。いわゆる「事務仕事」でファイルや道具を出したり収めたり。本や資料をとってきて並べたり見比べたり。手にとって資料をみたら引っ込めて、道具を出して使ったらまた収める、の繰り返し。

これがわたしの「デスクワーク」なのでリーチが長いほうが効率がよく、半歩・一歩二歩をいつでも踏み出せる「立ったままポジション」がよい。

座っているとホッチキスをしまう位置に手を伸ばすのに「いちいち立たなくちゃ」というハードルが立ちはだかります(笑)。これが立ったままだと常に小刻みにフットワークをしていて、圧倒的にリーチが長くフォローできる範囲も広くなるわけです。

むしろ「立ったままは疲れる」という現象は、効率と生産性を高めている結果だからと言えるし、そもそも「正しく疲れる」のが大事なことだという着想にもつながります。

いま話題の「働き方改革」では、仕事を通して「正しく疲れる」ことがみおとされている、とまで思えてきます。過労死が問題になっている段階では、そこが論点になりえないのはわかりますが、労働における能動的な代謝ということは基本中の基本なのに誰も言わないのは法制的な議論の視野の狭さを感じさせます。

時間の区切りをつけずにダラダラと長時間仕事をすることが前提で、それなら座っている方がよりましだよね、と言わんばかりで、従業員にスタンディングデスクを推奨する事業主がもし現れたら、職場の労組が黙っていないくらい、まあ常識とされているところでしょう(笑)。

スタンディングにしてちょこまか身体を動かしながらの「デスクワーク」に改革して、集中して密度をあげる。疲れたら寝転がって休憩するかそこで「デスクワーク」はおしまいにして別の仕事に移る。そんな働き方をできる条件のある人間はやっていけばいいし、自営やフリーランスで「デスクワーク」多い人はそこの改革やらないとマジやばい、とまで思っています。

少なくとも、自分はスタンディング以来、腰痛が皆無になりましたし、代謝もよくなって頭がシャキッと働いてくれる時間が長くなっている。そのために使っているデスクはニトリの事務用でレンガをはめているだけ、というレポートでした。

そういえば「スタンディング・デスク」に向かうきっかけとなったのはこちらの本だったように思います。タイトルどおりそのまま試してみるならスタンディングになりますね。