7時29分よりランニング南3キロコースへ。ジョギングすると左膝に違和感あり。昨日歩いている際にも感じたがまだひいてなかったので、ほとんどウォーキングとなってしまった。ジョギングからダッシュのスピードではいかにもバランスが崩れているのがわかった。

汗をかくのが気持ちよく調子も上々と感じたため距離を3キロに伸ばし、しかも連日出走してきた。その負荷が左膝に出ているんじゃないだろうか。1日おきにしたり、毎日にしてもほぼほぼ歩きだけで続けるとか。

iPhone アプリの Rumtastic に支払いをして Pro に。Free 版を使い始めた 2016年からの出走記録がちゃんと残っているのにあらためて気がついて、ノートや手帳に書いたり見直すよりもぜんぜん楽だと実感。広告が出てページを消す動作を余儀なくされていたこともある。600円。

ランニング後は朝からメガたんぱく実行で、昨晩のタンドリーチキンを2切れ。口の中でペースト状に感じるまでよく噛んで。その後プロテインを30グラム。完全ミネラル塩を強めに投入して飲むときはクリームスープのようだと思えば違和感がない(笑)。

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福岡伸一さんの「動的平衡」や永田和宏さんの「タンパク質の一生」を読んでいると、栄養摂取についての考え方がまた一段と深くなってくる。糖質を控えて、栄養素に注目し意識して摂取するわけだけど、それが「要素還元主義」で細かいところを凝視してばかりになっていないか?代謝の、生命の全体を捉えているだろうか?と少し引いた目で見られるようになった。

人の身体の代謝といえば、まずエネルギー代謝が言われる。一般には糖質がメインだと誤解もされているところ、「糖質制限」の登場で、脂質代謝がヒト本来のエネルギー代謝だというパラダイムシフトがひとつおこったし、自分自身の認識も変わった。それによって食べ方や過ごし方にも変革が起きた。

ところが上記の二つの書物を読んだだけでも、どうやらヒトの代謝はエネルギー代謝だけではないようで、タンパク質代謝とかアミノ酸代謝とも呼んだ方がふさわしい(?)、生命のプログラムそのものが壊されては作られしているというのだ。

ゲーリー・トーベスの「ヒトはなぜ太るのか」を読んだときのショックを思い出した。肥満について、いわゆるカロリー理論にもとづいてエネルギーの出入りだけを考えていてはヒトの肥満のメカニズムが説明つかないはなぜなのか、それはインスリンというホルモンが「肥らせる」という指令を出すのを見落としているからだ、とあった。

このとき、エネルギーの出入りもさることながら、ホルモンによる指令の方が支配的に身体状態を決めている、という説明を初めて読んだように思う。

栄養素を細かく分けて凝視して摂取を心がけていても、その人の身体で発せられている指令=ホルモンによって、食養生の取り組みの結果が左右されると言っているに等しいと思うのだがどうだろうか。

サプリを使うことが少し引いた目で見られることもあるのは、自然食絶対主義的な面からもあるが、この栄養素についての「細かすぎる還元主義」に陥って、本人の主体性(プログラム)や生命力をすべて栄養素に任せてしまう筋違いが起こるような気がするからではないか。

「ビタミンを毎日何グラム飲んでるのに、元気になりません、なんででしょうか?」との投稿を見て、そんなあなたはいったいどうなりたいのですか?と言いたくなるのはそのあたりの感覚なんだろう。

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