梅雨明けの朝ランで汗だくになり気づいたこと

2017年の梅雨が明けた。と同時に朝起き抜けにランニングに出たくなったので、朝のノートタイムをキャンセルしていつもの河川敷2キロに出てみた。

すると、よく言われる「汗をかいたら水分補給が必要」ということに、少し違った視点を得られたので書いてみよう。

いつものように栄養代謝の話になるけど、糖質制限それもゼロに近いことが大前提。

ランニングは河川敷2キロになっている。自宅前から南北どちらかを行く。行って帰りやすく習慣化しやすいから。

ずっと同じペースでは走っていない。歩いたり、ゆっくりから中程度まで速度をあげたり、ときにはダッシュしたり。身体にパキパキ感を覚えているときは体操や動的なストレッチをしながら歩いている感じにもなる。

今朝はランニングが久しぶりだったので、走るとたしか気持ちよかったよな?という気分で行って帰ってきて、クローバーの茂っている草のところで裸足になって数分間「大地と繋がって」戻った。

今朝のランニング内容は以上。

冒頭に書いた気づきはその後に起こった。汗が気持ちよく出続けるのだ。まさに梅雨明けと同時に「夏の発汗」が到来である。こんなに気分がいいなんて毎日これをしたい。

のどが渇く感じは強くない。コーヒーをいつものホットでちびちびと飲みながらソーシャルの投稿をチェックしていたら「夏の発汗で水分が失われるから熱中症対策で積極的に水分補給をしよう」というのを目にした。

常識的にはまさにそうだと思う。自分も夏の昼間に思わず脱水になっていたと、水を飲んで気分が回復してから気づくことがよくある。

前置きが長くなったが、問題はここからである。「汗をかく発汗するのは体温調節のため」と言われるが、果たしてそれだけが目的だろうか?

つまり今朝の実感に照らして疑問を立てると、朝ランニングに行って帰ってきて汗がだくだく出続けなんとも気持ちよく楽な気分になったのだが、それは「体温調節がされたから」だろうか?という点である。

自分の中では(つまり能動的な代謝論では)、気分がよいことイコール、ホルモン分泌であり、ストレスの解消である。

ストレスが解消され、それであんたの行動はオッケーだったよと報酬ホルモンがお出ましになるのがランニング時の「発汗」なのではないだろうか。

もちろん筋肉を動かしたり肺活量が増えたりした運動による効果でもある。が、発汗に「体温調節」機能だけを見いだすのは狭すぎる可能性があるのではなかろうか?ということである。

そのひとつの示唆が以前からぼんやりとした疑問であった次の点である。

それは「体温調節のための発汗で、ミネラルも同時に排出される」という言われ方。「だから不足しないように積極的にミネラルを摂ろう」という呼びかけとセットである。

不思議ではないだろうか。いま糖質制限食を起点として栄養摂取の重要性がクローズアップされてきていて、なかでもミネラルの不足と積極的な摂取が強調されている。

ではなぜ、そんなに重要なはずのミネラルを、人間の身体は「体温調節のため」といって、どんどん放出していくのだろうか。

まことにもったいなく不都合なことである。

思うに、人間にとって不都合でマイナスに見える自然現象は、肯定的なある側面を見落としていたからマイナスで不都合に見えた、ということはいくらでもある。

とすると、発汗と水分ミネラル排出にもそれが起こっている可能性はないだろうか。

そこで、発汗とミネラル放出について、こうは考えられないだろうか。

ミネラルを放出することで体温が上がった身体に起こっているなんからの負荷を放出している、と。

例えば、ミネラルとは身体の中では電荷のやりとりに関与するものであるから、なんらかの体内に生じた負荷を、電気的に解決する役割を帯びて、発汗時に放出されているのではないか?

などなど。

身体の実感としては、真夏の朝からランニングに出て汗をかくと気持ちがいい、汗をかいてもストレスを感じない、というもの。

その身体の実感と発汗時のミネラルの放出という現象は相関関係にある、これだけは確実と言って良さそうだ。

こんな着想が来たのは、この本を読んでいたから。

体内で静電気が起こっていて、帯電するとカミナリとなって体内で細胞を攻撃している、病気の原因は体内静電気が「放電されない」ことによる帯電だ、と。

そして、この本では、おしっこや発汗は体内静電気の放電にもなっている、と出てくるのだ。

発汗時のミネラル放出は、体温調節のために水分といっしょに仕方なくされているだけではなく、より積極的な意味合いで、ミネラルを放出することによる放電として行われているとも解釈できないだろうか。

よし、明日もまた走ってみよう。

これを読んでくださった方へのお願いというか提案

(1)夏はしっかり汗をかく、そのためにエアコンに頼りすぎない
(2)海水の構成に近い塩をなめてミネラル補給
(3)夏の間に海辺で裸足ですごす

糖質制限派はこうして「やせ願望」問題の隠蔽者になった〜文化人類学者による糖質制限批判を考える〜

 

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49908

糖質制限に「アカデミック」の世界からの批判が登場したようである。しかし中をよく読んでみると糖質制限をめぐる「社会意識」を表面的に掬い取って既存の「常識」をこすりつけるものにすぎなかった。あまりに残念なので批評を書いてみる。
“糖質制限派はこうして「やせ願望」問題の隠蔽者になった〜文化人類学者による糖質制限批判を考える〜” の続きを読む

私は基本的に「大人なら自分で考えて答えを出してから,その是非を相手に問うもの」だと考えています。大人に許されるのは「私は〇〇が正しいと考えますが,これは正しいでしょうか?」という質問のみです。自分で答を出さずに「答えを教えて下さい」というのが許されるのは小学生,せいぜい中学生までです。この質問メールを出して人は,全く自分で考えずに,答えだけ教えてもらおうとしています。こういうアホみたいな質問メールをいただくと,私は怒り心頭です。

私は,答えがわからなかったら,死ぬほど考えます。考えすぎて死んだ人はいませんから,死ぬほど考えても死にません。それでも答えがわからなかったら,必死になって手がかりになりそうな情報を拾い集め,それらを繋ぎ合わせて答えに迫ろうとします。それでも答えが出ない,あるいは,複数の答えがあってどちらか判断できないという場合のみ,恥を忍んで師匠に答えを教えてもらいます。

http://www.wound-treatment.jp/new_2016-08.htm#0808-5

夏井先生のいわれるとおり、怒るの大切。怒っている腹立っていると表明するのも。適切にコントロールしながら怒れるようになろう。

腰痛っぽい違和感は糖質の多い食事から

7時前に起床。昨夜は22時半には床に就いていたので就寝時間は十分。スッキリ感が確かに違う。8/10くらいと言ってよい。若干の腰痛っぽい腰の固さを感じるのは、先週の食事(糖質の多い)由来だろう。▼腰痛の原因の根本は食事だと言ってよい。代謝を「冬眠モード」に切り替えて動かずじっとしているべき状態にする。ここから日常生活がその身体モードにとって「無理」と言えるものになる。ただ、冬眠モードになるのは運動や考え方など、食事以外の要素も影響している。▼書士会への登録変更にかかる郵送物を朝イチで投函。昨日はPTAへの原稿を12時間ほど遅延してしまった。ボランティアとは言え申し訳ない気持ちは、なくならないものだ。

水でもの足らないなら栄養不足

水分補給の飲み物として最高のものは水です。

無味無臭の飲み物で満足できないのは、体に栄養が足りていない証拠です。

タンパク質や脂質が体に足りていけば、お水を美味しいと感じるようになるでしょう。

歯科医師の小幡宏一氏がFacebookで、http://toyokeizai.net/articles/-/115727についてコメント付きシェア。

このコメントを読んで毎日何杯ものコーヒーを飲みたくなるのは「体に栄養が足りていないから」ではないかと思った。

「いやコーヒーが増えがちなときはストレスを感じているときだ、食べ物はしっかり食べている」との反論があるような気もするが、

ここでストレスを感じているときはどんどん栄養が失われているか失われようとしていると指摘することで、やはり「コーヒーが増えるのは栄養不足である」との立論が維持されるだろう。

またこれについては展開してみたい。

睡眠のリズムが崩れているのはお酒と筋トレと「新企画」

9時前に起床。土曜日に飲み会があって日曜は昼間で寝ていて、その夜は3時過ぎまで起きていたり、リズムが崩れている。体調はかなりよい方なので油断していることもあると思う。▼新しい企画の仕込みに没頭できているが悪いクセだ。▼体調がよい要因は “睡眠のリズムが崩れているのはお酒と筋トレと「新企画」” の続きを読む

食事、運動、考え方

健康づくりについて、食事を糖質制限にするのは大きな転機になる。だけどそれは「こんな食事をすれば完璧」という方向にむかうのではなく、むしろ食事法の転換から得た気づきや日常的なスキルで毎日をうまくやっていく(hackする)という広がりをもつ。「食べたもので決まる」とよく言うようになるけど、食事に匹敵するくらい大きな柱が「運動」と「ものの考え方」だと強く思っている。