健康と活力の源泉は?

健康的な活力は、どこからわき上がってくるんだろうか。それとも自ら絞り出すものだろうか。絞り出す力も前もって必要なのだろうか。活力に満ちていて健康でいられるのは、自分の外から来ていると思っている。ただし、それを我が身に取り入れてエネルギーとできるのは、自分の意思と学習と努力であると考える。ログをとり学んで行動すること。外の活力を我が身に取り入れまた外界に働きかけることができる。食べ物をとって栄養とし生きていくのと同じなはず。

人間は手を動かすことでアイデアを思いつく

ここに人間についての不思議なひとつの問題がおこってくる。すなわち人間は手を動かすことによって、新しいアイデアを思いつく。

このことは文章化の段階だけでなく、グループ編成の場合にも、A型図解の場合にも同様におこることである。たんに頭で考えるだけでなく、手を動かして作業をするということが、アイデアの触発にたいしてひじょうにプラスに働くものである。

そこで私はすでに「考えるといっても、理性で考えるというのと、情念で考えるというのがある」と述べたが、さらにもうひとつ「手で考える」という、不可思議な作用をつけ加えないわけにはいかない。

手で考えるなどということは、生理学的にあるいは心理学的にどう説明してよいのか、私にはわからない。しかし実行してみて、これはあきらかに、アイデアのつくりだしに有益に作用する。

「続・発想法~KJ法の展開と応用」(川喜田二郎)

 

理性も情念も大事だとすれば、それと同じくらい身体を動かしてみることが「考える」「発想する」ために大事だと言ってる。

思考は身体活動に乗っかって行うと進めやすいのは、血流やホルモンの分泌からしてもそうだろう。

1970年出版当時は「生理学的にあるいは心理学的に」説明がつかなかったとしても、もう50年を経ようとしているいまは説明がつくようになっているのではないだろうか。

2016年芥川賞受賞者の村田沙耶香氏もこう言っている。

パソコンの前よりもコンビニのレジを打っている時にアイデアが浮かんでくる

「体調の変化に気づく」とは?体調を自覚する回路がつながっているか?

高らかに自慢したり報告することでもないし、このブログ自体がそうなのだが(笑)。たまたま気づきを得ることができたり、ある程度の取り組みをしてやっと気づけたり。「努力」や「成果」や」「モチベーション」といったあたりのことを。

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【冬の冷え対策】わたしたちは恒温動物なのです。

寒くなってきましたが、防寒対策の方はいかがですか?体温が高い方が仕事も家事もしやすいし、将来的に病気にもなりにくいとも言われていますよね。

手足が冷たい、寒気がする、どうにも暖がとりたくて動きづらいとかありませんか?
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=うつにならないための10か条=

いろいろな「○○のための10か条」がありますが、わたしはこれです。どこからか引っ張ってきたような気もしますが、そのオリジナルが検索しても見つかりません。実は思いついて書いたのに自分のオリジナルだってを忘れているのかも知れません。いい感じです。
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日常の「ねばならない」を「こうしたい」に読み替えていく

5時55分頃起床。河川敷に出ようかと思ったが書士部屋を窓をあけて積み重なりつつある書類を立てたり棚にしまったり。その後、コーヒーをいれながら昨晩から残っていた洗い物を片付ける。▼昨日午後は友人と話してきた。50歳がみえてきて「そう言えば残りの人生を自分のために生きたい」という感覚について共有。ブラック企業での働き方や過労死のニュースをみるたびに浮かんでいた「働く上での裁量」とか「やりがい」についても思い出した。▼日常の「やらねばならない」に埋没して「これをやりたい」が失われると人間は消耗してしまうようだ。「やりたいこと」をやって「これでよかった」と思えると力が沸いてくる。「やらねばならない」と与えられこなした結果「それではダメだ」とされるといよいよ力も出なくなる。絞り出すように生きるしかなく、のびのび溌剌とすることは望むべくもない。▼日常の「ねばならない」を「こうしたい」に読み替えていくこと。「何かをなしとげて幸せになりたい」ではなく「今が幸せだから、これから何でもできる」に変身すること。

食事、運動、考え方

健康づくりについて、食事を糖質制限にするのは大きな転機になる。だけどそれは「こんな食事をすれば完璧」という方向にむかうのではなく、むしろ食事法の転換から得た気づきや日常的なスキルで毎日をうまくやっていく(hackする)という広がりをもつ。「食べたもので決まる」とよく言うようになるけど、食事に匹敵するくらい大きな柱が「運動」と「ものの考え方」だと強く思っている。