人間は手を動かすことでアイデアを思いつく

ここに人間についての不思議なひとつの問題がおこってくる。すなわち人間は手を動かすことによって、新しいアイデアを思いつく。

このことは文章化の段階だけでなく、グループ編成の場合にも、A型図解の場合にも同様におこることである。たんに頭で考えるだけでなく、手を動かして作業をするということが、アイデアの触発にたいしてひじょうにプラスに働くものである。

そこで私はすでに「考えるといっても、理性で考えるというのと、情念で考えるというのがある」と述べたが、さらにもうひとつ「手で考える」という、不可思議な作用をつけ加えないわけにはいかない。

手で考えるなどということは、生理学的にあるいは心理学的にどう説明してよいのか、私にはわからない。しかし実行してみて、これはあきらかに、アイデアのつくりだしに有益に作用する。

「続・発想法~KJ法の展開と応用」(川喜田二郎)

 

理性も情念も大事だとすれば、それと同じくらい身体を動かしてみることが「考える」「発想する」ために大事だと言ってる。

思考は身体活動に乗っかって行うと進めやすいのは、血流やホルモンの分泌からしてもそうだろう。

1970年出版当時は「生理学的にあるいは心理学的に」説明がつかなかったとしても、もう50年を経ようとしているいまは説明がつくようになっているのではないだろうか。

2016年芥川賞受賞者の村田沙耶香氏もこう言っている。

パソコンの前よりもコンビニのレジを打っている時にアイデアが浮かんでくる

6時起床でゴミ出しの流れで河川敷へスアシスト活動。素足感覚を確かめた。いつもの折り返しまで行って、帰りの半分はビブラムファイブフィンガーズを脱いで正真正銘の「素足(裸足)」。戻ってバターコーヒー。▼ポメラを使い始めてブログやFacebookでつぶやいていたら、そもそもポメラって何?と聞かれたり、ちょうど外出先でのもの書きをどうしようかと思っていたと反応をもらえた。もっとブログに書いてみようかと思える。▼ゴミ袋が切れていて買いに行かねばならない。キッチンリビングも雑然としてきている。テキスト入力活動が忙しくて手を抜いてしまっているようだ。運動不足にもなっている感じがある。片付けや買い物、炊事といった仕事は素足で行える。ここでスアシスト活動できると受け止めて喜んで手をかけよう。足を動かそう。▼前職で知り合った国語教育の大学教授はポメラにもいち早く反応して使っていたし、ポッドキャストやブログも書いていた。身体感覚と環境から生まれてくる「ことば」を見ていて、そのうえでデジタルガジェットを活用していたように思う。

対象を大きくつかもうとすること、実践して果実を得ようとすること、影響を及ぼそうとすること、が大事。対象と意欲と行動なきところに、言葉も文章も生まれようがない。

そうか。起き抜けに書いているここも、Mac前に来て WordPress のダッシュボードエディタから書かないで、ポメラでテキスト化→iPhone で吸い出し→Wordpress アプリで投稿→Mac で清書というフローで行えばよいのか。

6時起床。久しぶりに起き抜けに外に歩きに行きたくなり、河川敷ウォークへ。少しジョグしたが歩いただけ。すぐにシューズを脱ぎたくなりスアシスト(素足人)活動。アスファルトや河川敷のマットなところは気持ちよいが、粒の大きめの砂利で固めてあるところは痛い。10メートルも歩けない。▼花粉の飛散がピークのようで起きて身体の代謝があがってくるまでは、くしゃみと鼻水の回数が増えている。鼻腔や耳の奥までのあの痒みは全くない。▼テキスト入力環境の悩みの全体像が見えてきた。テキスト入力がキモだったのも最近になってわかった。どうやら Mac やキーボード含めてデジタルガジェットでの「もの書き」や内省が苦手らしい。ガジェットいじりともの書きは区別しないといけない。▼文章に構成するまでは紙ベースを中心にする。ガジェットは機能を絞って集中できるようにする。デジタルに変換するのは使い回しをよくしたり拡散しやすくするもの。ガジェットを使うからもの書きがすすむとは限らない。▼もちろんPCやMacでガシガシ書けている人もいるし自分もそうしていた頃はある。現在の難しさは様々な条件が重なっているようだ。