「体調の変化に気づく」とは?体調を自覚する回路がつながっているか?

高らかに自慢したり報告することでもないし、このブログ自体がそうなのだが(笑)。たまたま気づきを得ることができたり、ある程度の取り組みをしてやっと気づけたり。「努力」や「成果」や」「モチベーション」といったあたりのことを。

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糖質制限派はこうして「やせ願望」問題の隠蔽者になった〜文化人類学者による糖質制限批判を考える〜

 

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49908

糖質制限に「アカデミック」の世界からの批判が登場したようである。しかし中をよく読んでみると糖質制限をめぐる「社会意識」を表面的に掬い取って既存の「常識」をこすりつけるものにすぎなかった。あまりに残念なので批評を書いてみる。
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私は基本的に「大人なら自分で考えて答えを出してから,その是非を相手に問うもの」だと考えています。大人に許されるのは「私は〇〇が正しいと考えますが,これは正しいでしょうか?」という質問のみです。自分で答を出さずに「答えを教えて下さい」というのが許されるのは小学生,せいぜい中学生までです。この質問メールを出して人は,全く自分で考えずに,答えだけ教えてもらおうとしています。こういうアホみたいな質問メールをいただくと,私は怒り心頭です。

私は,答えがわからなかったら,死ぬほど考えます。考えすぎて死んだ人はいませんから,死ぬほど考えても死にません。それでも答えがわからなかったら,必死になって手がかりになりそうな情報を拾い集め,それらを繋ぎ合わせて答えに迫ろうとします。それでも答えが出ない,あるいは,複数の答えがあってどちらか判断できないという場合のみ,恥を忍んで師匠に答えを教えてもらいます。

http://www.wound-treatment.jp/new_2016-08.htm#0808-5

夏井先生のいわれるとおり、怒るの大切。怒っている腹立っていると表明するのも。適切にコントロールしながら怒れるようになろう。

水でもの足らないなら栄養不足

水分補給の飲み物として最高のものは水です。

無味無臭の飲み物で満足できないのは、体に栄養が足りていない証拠です。

タンパク質や脂質が体に足りていけば、お水を美味しいと感じるようになるでしょう。

歯科医師の小幡宏一氏がFacebookで、http://toyokeizai.net/articles/-/115727についてコメント付きシェア。

このコメントを読んで毎日何杯ものコーヒーを飲みたくなるのは「体に栄養が足りていないから」ではないかと思った。

「いやコーヒーが増えがちなときはストレスを感じているときだ、食べ物はしっかり食べている」との反論があるような気もするが、

ここでストレスを感じているときはどんどん栄養が失われているか失われようとしていると指摘することで、やはり「コーヒーが増えるのは栄養不足である」との立論が維持されるだろう。

またこれについては展開してみたい。

食事、運動、考え方

健康づくりについて、食事を糖質制限にするのは大きな転機になる。だけどそれは「こんな食事をすれば完璧」という方向にむかうのではなく、むしろ食事法の転換から得た気づきや日常的なスキルで毎日をうまくやっていく(hackする)という広がりをもつ。「食べたもので決まる」とよく言うようになるけど、食事に匹敵するくらい大きな柱が「運動」と「ものの考え方」だと強く思っている。

子どもの花粉症

子どもの花粉症について。親がアレルギー体質をもっていると子どももアレルギーになりやすい、と言われる。親譲りのアレルギー体質がある場合、3〜4歳という低年齢でも花粉症を発症する可能性がある、というように。

ここで読み取りやすいのは「アレルギー体質は遺伝する」あるいは「遺伝的要素が大きい」といったイメージ。しかし、花粉症やアレルギー全般が「遺伝」であれば治療のしようがない。

目を向けるべきは、子どもは親と一緒に生活しているということ。同じ食事をして同じ環境に暮らしている。そこから「遺伝」的な現象が起こるのではと考えることができる。とすると「アレルギー体質」や「アレルギー症状」の要因を生活習慣や生活環境に還元することができ、本人とその家族とで対策をすることができるようになる。

なんでもかでも「専門家による治療」に取り込もうとするのはいただけない。